「ボウリング・フォー・コロンバイン」

アメリカはもともと迫害された清教徒が移住して作った国。
先住民のインディアンが恐いから殺して、奴隷として連れてきた黒人が反抗するのが恐いから殺して差別して、白人たちは銃を持った。

アメリカ人は臆病な性格があるらしい。悪そうなものをことさら悪ものに仕立て上げて差別に繋がっていく。
その恐怖を煽るメディアの報道の仕方も指摘されている。
恐怖を煽って市民を不安にさせるメディアのあり方は、現代の日本にも浸透してきているのかな。

そして銃を使う人間にも問題がある。アメリカは好戦的で弱者には冷たい国だ。
強者になりきれなかった人に対しては自業自得というような感情を持っているのだろうか。

今までアメリカの良い部分ばかりしか出てこなかったが、悪い部分も見えてくるようになった。
これからアメリカと他国の関係はどうなっていくのだろう。チェンジする?
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ヒトの生きる意味

人間の生きる意味とは何だろうか。趣味?仕事?恋愛?
人間とはヒトという動物である。動物の生きる意味は子孫を残すことであると言われる。
だから生まれたこと、子孫を残すことに意味があるのであって、生きること自体に意味は無いのではないかな。

そう考えると、趣味や仕事や恋愛などと言うのは、より知的で行動的で経験豊富で魅力的な強い自分を演出する為のツール。
では、その魅力的な強い自分を演出するツールはなぜ必要なのか?

それは強い子孫を残す為であろう。
強い子孫を残す為、強い自分を演出する為のツールを多く持っている人を求めて恋愛をするのも理に適っているんじゃないかな。強引かな?笑

それと、人間は弱肉強食の自然界で、弱者は強者に利用されながら生きている。
だから人に利用されながら生きていて、自分の人生を送れていないと感じていたとしても、それも自分の人生だ。
強者には利用されてもともとなんだろう。


こうやって自然界のルールを人間の生活に当てはめてみると、肩の力を抜いて生きていけるような気がするなぁ。どうだろう。笑

サリンジャー / フラニーとゾーイー

amazonのレビューを拝借…↓↓

『グラース家のフラニー(末っ子)とゾーイ(下から2番目)の話。

例えばAさんがいて、Aさんは読者モデルでたまに雑誌に出たりするのを、自慢に思ってます。そのまま自慢するんならかわいいもんだけど、ぜんぜん自慢に思ってない振りをしてるのね。「こんなこと別に普通のこと」って装うことで、二重にかっこつけるわけ。
Aさんが、近くにいたときどう反応します?

1.Aさんの策略にまんまとはまり、「Aさんかっこいいわぁ」と素直に感心する。
2.Aさんの偽装を敏感に嗅ぎ取り、「あほか、こいつ」と軽蔑し不快感を感じる。
3.Aさんに不快感を感じる自分に対し、不快感を感じるという、無限地獄に陥る。

Aさんはいっぱいいて、下手すると周囲の人みんなにそれを感じちゃうかもしれない。
全員をそんな風に思うとき、止められない不快感がやってきて、でもそんな風に思う自分も、何かしらの自負心があって、結局自分も一緒じゃん、っていうドロドロ感が襲ってきて、同時に、周りを軽蔑してる自分の心の狭さに、自分て人間失格だと涙するかもしれない。

そんな状態のさらにひどいバージョンになったのが、フラニー。
そんなフラニーの気持ちは痛いほどわかってて、それでも、どうにかして慰めようとするのがゾーイ。

フラニーもゾーイも好き。二人とも「あと一押しで崩れちゃいます」っていうギリギリのとこにいるのに、一生懸命。すごく必死にしがみついてる。優 しさを持とうとしてる。そんな風に思えた。特にゾーイは、自分がだめな人間だとヒシヒシと感じながら、もがいても無理だと感じながら、それでも もがいて もがいて もがいてる。
読後になんとなく救いが感じられ、幸せになれるような気がする本でした。』


サリンジャーの本は、自分変わってるかも…と少しでも思う人が読むと救われるものがあるのではないかな。

この本はあえて(?)主人公を才色兼備の人物にしたところがいい。
フラニーが才色兼備ではなくて一般的な人物だったら、ブスのひがみだと相手にされないだろうが、本作の設定で若者特有の悩み事であるとの普遍性を持たせた。

「太っちょのオバサマ」ってラストは、何をするにも太っちょのオバサマが見ていると思って彼女の為に行動しようってことかな。
「知識・教養をひけらかす見栄張りの気取り屋」「上位の者に取り入り、下の者を見下す嫌味な人物」を否定することもまたエゴであるという考え方には感心した。

「レボリュ-ショナリー・ロード/燃え尽きるまで」

タイタニックの主演コンビのハッピーエンドのラブストーリーを期待してこの映画を観たら、あまりの格差に愕然とするだろう。
ちょっとばかりあらすじを見ればどんな映画がかは分かるのだが、それをしないで、良さそうだから見てみようとこの映画を観る若者にこそ観て欲しいというねらいがあるのではないかな。

この映画は一応、ラブストーリーという範疇に入るんだろうけど、ホラー映画みたいだった。笑

この映画は家庭生活を扱っているのに子どもがほとんど出てこない。
妊娠することもアクシデントのように扱われている。

女性は結婚したいのであれば、やりたい事があっても我慢して、いずれ家庭に入らなければならない場合が多い。
家庭生活に面白みややりがいを感じなければ人生は辛いものになるのだろう。
結婚する前に、自分のやりたいことを精一杯やれたかどうか、結婚しても自分のやりたい事が出来るのか、これから家庭や子どもに尽くしていけるのかなどをもう一度考えてみた方が良いのかもしれない。

「私たちは特別」というセリフに違和感があったが、夢を追う妻と夢を語る旦那で夢のような生活が待っているという期待があったんだろうな。
結婚するということはただ部屋をシェアするだけではないから、結婚の現実というものを知っておくべきなんだろう。
女は夢を見過ぎるのは良くないし、男も無邪気に夢を語るべきではない

そして女性は色んな顔を持っているんだなぁということが印象に残った。
男は女性に対しての理想と現実を知る。

ケイト・ウィンスレットの熱演ばかりが注目されるが、ディカプリオもいい演技をしていると思う。役が損な気がするが。笑
彼は日本で言うところのジャニーズ系のような顔立ちをしていると思うので、シックな役を演じてもかわいい感じになって中途半端で女性からも男性からもウケないんだろうな。

「スラムドッグ$ミリオネア」

インドの底辺の生活を通していかにクイズの知識を身に付けていったのかを描く。

発展途上国の底辺の生活って貧困、ヤクザ、人身売買、宗教闘争、身分差別などが絡んで大変な生活をし、人の命など弱肉強食の世界では軽いものであるかのようだ。
先進国ではこういった世界は隠されているが、底辺の方では弱肉強食の世界があるんだろう。
そういった面で万国共通のテーマであると言えるが、目新しさは無かったかな。

まあアカデミー賞で最優秀作品賞を獲った割には期待外れな感じだったかな…。
あまり観ていて気分が良いことは無かったもんね。あまり娯楽的でもないような。
これを機に、インドで製作された映画も世界に出て行くきっかけになるのだろうか。

http://www.cinemaonline.jp/interview/dannyboyle/7414.html
主人公が求めているものがお金で無いなら最後の展開は別のラストでも良かったのではないかと感じる。
安易にお金を稼ぐことに走らず、別の価値あるものを見つけて希望を持って生きていこうということだろうけど。

サリンジャー / ライ麦畑でつかまえて

主人公のホールデンに関して、この子は頭が良いんだろうなぁと思ったけど、ズレたところがあって不器用なんだなぁと思った。

大人社会やそれに習う高校生活への嫌悪感から高校を中退するホールデン。
しかし高校を中退してみると同級生の生徒と離れてしまった寂しさを感じている。
ホールデンは子どもや妹のフィービー、それから優しい尼さんに好意を抱いている。
それは彼らが大人社会に染まっていない無邪気な存在もしくは自分を認めてくれる存在だからだろう。

ホールデンは酒を飲んだりタバコを吸ったり、高校の同級生を低脳だと罵ったりして大人のような振る舞いをしているが、精神的に大人になりきれていないのだろう。

ホールデンはフィービーから将来なりたいことを聞かれて「ライ麦畑の捕まえ役」と答えた。
「ライ麦畑の捕まえ役」というのは、崖っぷちのライ麦畑で遊んでいる子どもたちが崖に落ちないように捕まえてあげる人のことらしい。
多分、フィービーが崖から落ちそうになったらホールデンは助けてあげるのだろう。

この崖から落ちるということは何を象徴するのだろう?
多分、大人社会に染まっていくことなんだろうと個人的に思うけど、フィービーをずっと捕まえてたら自分と同じような苦しみをフィービーに味合わせてしまうから、結局ホールデンは捕まえるのを止めてしまいそうだ。
そしてホールデンも結局、嫌々ながらか開き直ってか分からないが、崖から落ちて大人社会に適応していくんだろう。

社会に対する不満を述べるのはカッコいいように思えるところもあるんだけど、ずっとやってると滑稽というかミジメなように見えてくる。
この本には10代の頃に出会いたかった。
しかし10代の頃に読んでいても訳が分かんなかったかもしれないそういう本。笑

血液型マイノリティ

マイノリティの血液型の人は、血液型を聞かれるのは面倒だろうと思う。
未だに信じている人がいるなんて…と思うけど信じている人は結構多いし、そういうコミュニティに入ると最悪だ。
大抵マジョリティの血液型が数にものを言わせてマイノリティの血液型をバカにしている。
そして血液型なんて当たらないとか信じてるの?とか言うと角が立つ。これが非常に面倒だ。
お前も血液型信じろよみたいな。お前KY?みたいな。笑

これってモロに多数派と少数派の関係に似てると思うんだよな。
日本人に多い血液型に、日本人に多く見られる性格を当てはめていってるだけのような。
結局、マイノリティの血液型は正直に自分の血液型を言わなくてもいいと思うんだけど。

血液型を聞かれたら知らないって言う。献血したら血液型が違ったとか言ってもいいんじゃないかな。
親の血液型まで聞かれたら2人ともO型かAとO型って言っておけばいい。
本当の血液型なんて分からないでしょ。マジョリティの血液型の人だって親が気を使って本当の血液型を言っていない場合だってあるんだし。

マジョリティの血液型で人の血液型聞いてくる人は面倒な人なのかもしれないと個人的に思ってしまうけれど、マイノリティの血液型だと言える人は正直者で信頼できる人だと思う。

「フォレスト・ガンプ/一期一会」

フォレスト・ガンプを最初から最後まで観たのは初めてだ。
テレビで観たことはあるが、あまり面白いとは思わなかったので途中で観るのをやめていた。

主人公のフォレスト・ガンプは障害を持っているがそれを不幸せだとは思っていないように見えた。
彼は純粋で感情をあまり表に出さず、人を憎んだりすることもない。
映画を観ながら自分はフォレスト・ガンプになりたいなぁとも思ったりした。

実際はフォレスト・ガンプのような人は人間らしくなくてファンタジックだ。
ここが以前は面白くないと思ったんだろう。笑
障害を持っている人にだって怒りや憎しみの感情はあると思うし、彼はいい人すぎる。
彼が実在したとしたら強盗に入られたり詐欺か何かにあってそう。

純粋な人間に触れて大切なことや本当の幸せとは何かということに気付くってことはあるかもしれないなぁ。

オープニングでの羽が風に舞うさまは、「風に吹かれるままに流されて生きていても、それもいい人生だ。うすのろでもひたむきに生きていれば素敵な出来事もある。」という思いが込められているそうだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%97/%E4%B8%80%E6%9C%9F%E4%B8%80%E4%BC%9A

誰でも不器用で純粋なところはあると思うので、自分はフォレスト・ガンプに似ていると思うところがあるかもしれない。
オープニングに込められた思いからも、誰しもひたむきに生きていれば良いこともあるということがこの映画に込められているメッセージのような気がする。
そう考えると個性的な人物の一生の物語のようだが、普通の人間の物語なのかもしれない。
ベンジャミン・バトンを観たときも似たような感想が浮かんだ。似ていると言われるが確かに似ているかな。


2回目観た時に感じたのは、一つ一つのシーンが絵になっていて印象的なシーンが多いということ。
この映画のシーンは結構パロディされているような気がするが、何に使われているかは覚えていない。笑
ただ何か既視感を感じる。

もう一つ感じたのは、ファンタジックなところが以前は好きにはなれなかったんだけど、これは意外とファンタジックではないなぁと思った。
フォレストはトロいところがあるが、純粋に真っ直ぐひたむきでしっかりしている。

純粋に真っ直ぐひたむきで人を憎まず傷付けずに生き、小さな幸せでも敏感に感じ取っていれば、いい人生が送れるってことなんじゃないかな。
相変わらずファンタジックだけど、ありえそうな気もする。信じてみる?

「福耳」

クドカンが俳優として田中邦衛と共演。
ドタバタコメディとなりそうな予感はするが、テンションは抑え気味に作ってあり予想外な感じ。
爆笑とはいかないが、ほのぼのとした微笑を与えてくれるような作品だ。

ストーリーは、ある老人介護施設で亡くなった田中邦衛の霊が、そこで働いているクドカンにとり憑いて、生前思いを寄せていた女性をゲットしようとするというもの。
何かSFのような話だけどCGもほとんど使ってないような気がするし、妙にリアルな話のように感じる。

クドカンって見た目は地味なんだけど、この作品ではその地味さが生きていた。
彼の演技は割と好きだ。

世間知らずでしたぁ~(泣)

女性の約40%が…
http://koerarenaikabe.livedoor.biz/archives/51329959.html

彼女の友達は、俺のサイズを知っているのだろうか…?

小さい方なのかもしれない。笑

多分、小さいって言われているだろう。笑

別にいいよ。彼女が幸せなら。

大きいよなんて言わなくてもいい。笑

大きいかどうか比べたことないから分からないけど、どうなんだろう。

別に知りたくもないけど。笑

「シッコ」

アメリカには国民皆保険制度がない。
その背景は、裕福層が貧困層の為に税金を払うという助け合いの精神が希薄だからであろう。

そうすると民間の医療保険会社と契約することになるが、民間の医療保険会社では保険が効かないことがあるので高額の医療費を負担することになる。
保険会社でありながらも保険会社というのは保険の適用を回避することで利益を得る為、高額の保険料を払う裕福層が優遇され、貧困層は保険の適用を回避されることは想像に難しくない。
医療費が無ければ治療が出来ず、病院から追い出されてしまうこともあるらしい。
旅行者がアメリカで病院のお世話になると高額な医療費を負担しなければならないというのは本当なのだろうか?

国民皆保険制度を運用する為にはお金がかかる為、税金が高く設定される。
そのため税金が安い国への高額納税者の移住が増え、税収が減ることがデメリットであろう。
オバマは国民医療改革を行う考えのようだが反対も多く、上手くいっていないらしい。
オバマでチェンジは出来ないと、また元のアメリカに戻っていきそうな気がする。

裕福層と貧困層との間でバランスを取って、病気になりにくい人や貧困層は保険料を下げていくとか柔軟に制度を変えていく必要もあるかと思う。
どんな人も一律に同じ負担というのは古いのかもしれない。

この映画を観て、やはりアメリカは資本主義の先端を行く国だと思った。
お金を稼ぎたい人や裕福な人はアメリカに行きたいと思うのかもしれない。
日本ではアメリカの華やかな面に関する情報ばかり入ってくる。
アメリカに対しては色んな意味で凄い国だと思っていたけれど、マイケル・ムーアの作品を観て更に色んな意味で凄い国だと思った。笑
マイケル・ムーアの自国批判作品が堂々と上映されるのはさすが自由の国だなあと感じる。
こういう自国批判も愛国心に繋がるのかな。笑
日本ではこういうのは無理なんだろうか。

国の政策にはメリット・デメリットがあって、一概にどの国が良いとは言えないけれども日本に生まれてまだ良かったと思えるかな。
日本もアメリカ寄りの政策や文化を取り入れつつあるが、日本もアメリカのようになってしまうのであろうか…。背伸び生活の為の借金とかもう普通だし。
まぁアメリカの言うこと聞かないと恐いから鳩山さん大丈夫かな?笑

国民皆保険制度を社会主義的だと批判する場面があるが、資本主義国対社会主義国という構図はもう違和感があるような気がする。
資本主義の頂点に君臨し続けてきたアメリカでも、今のままではアメリカ離れが進んでいく日も近いかもしれない。

「華氏911」

この映画でブッシュは悪者になっているが、この映画が放映された後もブッシュは再選を果たして大統領になっている。
戦争の無い日本から見たらおかしいんだろうが、アメリカ国民はアメリカを守るためにブッシュを支持したのだろうか。
戦争で利益を上げている人がたくさんいるんだろうから、支持がたくさん集まるのも理解に苦しくない。
選挙も違法なことやってたりしてるような描写がある。

ブッシュはバカっぽいけど、バカっぽいから担ぎ上げられて矢面に立ち、大統領になっておかしなことを言って非難にさらされる役を引き受けたんじゃないかな。

戦争で最前線で戦うのは貧困層の若者だ。仕事が無いからお金や家族の為に戦争に行く。
今のアメリカは失業率が高くて仕事が無いから、何かと他国に因縁ふっかけてまた戦争を始めるかもしれない。
日本でも安い賃金で危険だったり嫌な仕事を引き受けたりしている貧困層がいて自分達の暮らしがある。自分達は貧困層の人々に感謝してしかるべきなのかもしれない。

戦争するなら自分の息子を戦場に送れとアメリカ合衆国議員に訴える場面があるが、国の為なら息子を差し出すような人が戦争を支持してるんだと思ったが、どうやらそうではないらしい。

何でも知ってるようで本当はみんな何も知らないと泣きながら嘆く人がいたが、テロの報復と戦争を支持してしまう人が大勢いて、メディアに騙されてしまうのは悲しいことだ。
…と思っていても自分が思ったことが正しいとも限らないのだが。

国家というのは外国との外交に熱心で、内政については後回しなんだなぁと思った。
まるで家庭を顧みない父親みたいだ。
外交は他人との関係作りのようなもので、他国に嫌われてしまっては自分の国が大変なことになるのかもしれない。
自分の国から犠牲者が出るのは我慢して、戦争まで起こして国全体を守ることに必死なのかもしれない。
そう考えると家庭を顧みないでもしっかり稼いできたり、結果的に家庭を守っている親父は立派なもんなのかな。笑

まぁ色々な側面から考えるのは大事なことだが、真実はアメリカを動かしている少数の人しか知らないだろう。
アメリカ批判をしているマイケル・ムーア監督は、別の視点から物事を捉えることを自分に教えてくれた勇気ある人だが、彼の将来が心配だ。


「この自由な世界で」

この”自由な世界”で起こる賄賂、脱税、ピンハネなどの不正や家庭崩壊などの病理を描く。
自由過ぎてもルール無視の競争が激しくなり、ある程度の自由の規制は必要であると感じた。


一般企業というのは利益を追求して活動を行う。
利益を追求しなければ経営者を始め、従業員にお金を回すことが出来ない。

利益を上げれば従業員にお金を回すことが出来るが、経営陣が利益を独占したり、そうでなくても企業が儲け過ぎたりすると角が立つ。

儲けすぎればお金を回す必要があるが、一度大金を手にするとお金を離すことが出来なくなる。そうなると歯車が狂い始める。
自分以外の人間は搾取の対象となり、利益をもたらさない人間は切り捨てられていく。

搾取されたり切り捨てられた人間の恨みつらみは溜まっていき、いずれ自分に降りかかってくる。
示談交渉は難しく、一時的に力で捻じ伏せたとしても、あくまで一時的だ。
恨みつらみの報復の連鎖が続き、自分が壊れていく。

そして中小企業が這い上がってきたとしても大企業に潰されていく。

利益とか、お金というのは厄介だ。
ずっと持っていると角が立つし、無ければ困る。
無いと困るからお金を稼ぐと精神体力両面で参ってくる。
収益を手放せば一時の安らぎは得られるが、資金がないことでの問題が起こる。


主人公の女性はなぜ儲けを独占していたのか?
もうじき女性が社会進出して女性の時代が来ると言っていたが、そうなる時には男よりも男らしい女性が現れるような気がする。
プロフィール

Johnny

Author:Johnny
I guess you could say that freaks are my heroes.
「はみ出し者が、僕のヒーローなのかもしれない」

by Johnny Depp

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