2009年の総括

今年も大晦日ということで、今年の総括をしていこう。


いや~今年は色々あってねぇ~

去年も色々あったと思うけどぉ~

毎年こんな感じの感想なんですねぇ~笑


去年から何かいろいろやって空回りしたまま今年に突入し、なんやかんやあった後で一皮むけて大人になった、こんな感じですね。誠に抽象的。笑

今までは物事に対して深く考えすぎるところがあったけれども、今年の後半にかけてはあまり深刻に捉えることはなくなった。大体のことは大した問題じゃない。
大したことない問題が起ころうとも時間や努力が解決してくれるし、いい意味で開き直って肩の力を抜いて生きていけるようになってきたかもしれない。
考えすぎた今までがあって今の考えに到達したので、今までは無駄じゃない。

以前のブログで、今年の目標に「常識やイメージを越えた深いところに、より良い答えがあるような気がするが…これからはそれを確かなものにしていこう」と書いていたが、常識やイメージを越えたところにより良い答えはあると思います。確かなものになってきたような気もする。
常識とかイメージとかは、あくまでも常識とかイメージでしかない。


そして今年は趣味が増えた。
・ニュースをたくさん見たことで日本の政治や海外の情報についての好奇心が広がった。
 来年はニュースにたくさんつっこみを入れていきたい。

・今年からパソコンでインターネットをするようになって、情報とはこんなに溢れているものかとびっくりした。
 もっと早くからネットをやっていれば…と思ったが、これからはネットの波乗りを思う存分楽しもう。
 「趣味はインターネットの波乗りです」と言うと何となくカッコいいかな。笑
 いや、もう「趣味はサーフィンです」と言ってしまおう。間違いではないから。笑

・エビなどの淡水の生き物を飼い始めた。
 部屋に生き物がいるだけで自然を感じられ、心がリラックスできる。
 一時期、一日中見てました。本当かわいいもん~エビは。笑

・図書館で本を借りて読む習慣が付いた。
 世の中の大抵のことは本とネットに書いてあるような気がする。ネットよりも深く調べたい時は図書館に行こう。タダで知識の付け放題なんて宝箱ですよ本当に。笑


まぁこんな感じで終わっていく2009年です。来年もよろしくお願いします。
何と言っても今年一番の驚きは、ブログを飽きずにずっと続けていることです。笑
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Susan Boyle / I Dreamed A Dream

今まさにシンデレラストーリーを歩んでいる48歳、スーザン・ボイルのデビューアルバム。カヴァー集なのかな?
モンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」を、イーグルスの「デスペラード」のように歌っているのが印象に残った。
予想以上にポップな曲が少ないような気がするが、日本ではそこそこヒットするだろう。
紅白へのゲスト出場もあり、話題性は十分だから。

これから彼女が続けてアルバムを出していくとなると、どうなるか予想が出来ない。笑
今までプロとして音楽をやっていなかったハンディもあるし、本気で音楽をやるならそれなりのプレッシャーがかかってくるだろうし、高齢の体が心配。

彼女のキャラは好きだし、魅力的だから一発屋で終わることはないと思う。
音楽の方は肩の力を抜いてやって欲しいし、映画などにも出演したり、色々とこれからの人生を楽しんで欲しい。

あなたは破れた夢を叶え、みんなに夢を与える天使だ。

…うまいこと言ったかな。笑

Alicia Keys / The Element Of freedom

アリシア・キ-ズはたまに「No one」のようなロック・バラードかジャズのような曲を発表するんだけど、そういう曲が自分の好みだった。
アリシア・キーズは主にR&Bシンガーで、自分の好みな曲はあまり出さないからという理由でつまみ食いするぐらいだったけど、このアルバムは逆な感じのバランスで個人的には好き。
この変化による世間的な評価はどうなのか気になるところだが、しばらくこの傾向が続いて結局、初期の方向に戻っていきそうな気がする。

アリシア・キーズと言えば曲を聴いたことはあったけれど、彼女の姿をあまり見たことはなかった。
「私がクマにキレた理由」という映画でスカーレット・ヨハンソンと共演している綺麗な女優さんは誰だろう…と気になっていたらアリシア・キーズだったという記憶がある。
スカーレット・ヨハンソンと共演してからアリシア・キーズが、スカーレットヨハンソンに似た雰囲気や顔立ちに個人的に見える。
綺麗さから尖ったものを減らし、柔らかな可愛さと共存させてきたというか。例えが難しい。笑
女優としてのキャリアも期待されるアリシア・キーズです。

「素晴らしき哉、人生!」

主人公に降りかかる相次ぐ不幸により、この世に生まれなければ良かったと人生に絶望した主人公が自殺を図ろうとした。
そこに天使が現れ、主人公のいない世界に連れて行き、主人公を元気付けてハッピーエンドというストーリー。

ストーリーは面白そうなんだけど、ラスト盛り上がってくるところまで少々長くてダレる。
主人公のいない世界を見せて、誰も自分の事を知らないなんてと悲しむが、主人公が存在しない世界なんだから主人公のことを誰も知らないのは当たり前。
それでやっぱり元の生活のがいいや~と元気になるのはすごく単純だな~と思った。

よって、自分にはあまり合わなかった。笑


この作品は古典映画なんだけど、昔の人ってヒーハー!って挨拶してたのかなぁ?登場人物の一人が何回かヒーハー!って言ってたぞ。笑
それとだいぶ前に見た松本ハウス(だったかな?)ってお笑いコンビの、足を交差させるパフォーマンスって、昔のダンスの動きだったんだねぇ~。

古典映画にはお笑いのネタが意外と詰まっているのか?笑

塩野七生 / マキアヴェリ語録

この本は君主や国家戦略、群集心理などについてマキアヴェリの言葉を挙げて描かれており、元々は何世紀も前の古典的作品であるが、現代に応用しようと思えばいくらでも応用 できる内容が並んでいる。

何故ならそこに人間の本質が描かれており、それはずっと昔から変わらず継承されているということをうかがい知ることが出来るからである。


「過去や現在のことに想いをめぐらせる人は、たとえ国家や民族が違っても、人間というものは同じような欲望に駆られ、同じような性向をもって生きてきたことが分かるだろう。
 だからこそ、過去の状態を詳しく学ぶものは、現在のことも容易に判断がつき、古の人々の行為を参考にして、対策を立てることが出来るのである。
 また、仮に完全に同じ状態が過去に見出せなかったとしても、本質的には同じなのだから、現在のことへの対し方も、容易に見通しがつくというものである。
 しかしこの教訓は、往々にして無視されるか、たとえ読んだとしても理解されないか、でなければ為政者に通じないかして、活かされない場合が多い。
 それゆえ、人類はいつになってもあいも変わらず、同じ醜態を繰り返している訳である。」

…アイザック・ニュートンの言葉で「巨人の肩の上に立つ」というものがある。
学問は先人の研究から成り立っており、巨人(先人の膨大な研究結果)の肩の上まで上ったからこそ遠くまで見渡すことができるのである。

あなたの隣にいる人、”一番好きな人”ですか?

魂ラジBLOGからの引用↓↓
http://www.allnightnippon.com/fukuyama/blog/index.php?id=0&no=30

「昔、女の人にこんな話を聴いたことを思いだしたんです。『女の人って、一番好きな人とは結婚しないですよ。一番好きな人じゃないですね、私が結婚した人。』って。で、それを今回ふと思い出して。結婚してる人なんだけど、要は『今の旦那は好きは好きだし、安心するし、一緒にいたいと思ったから結婚したけど、一番好きな人かって聞かれると、うーん・・・てなりますねえ。』ってことらしいのよ。」

「男ってさ、一番好きじゃん、たぶん。結婚する時って、どうであれ“一番好き”ってことになるじゃん?そして、ここからラジオ的な話になるんだけど、さらに掘って行くと、女性の場合、要は『いちばん好きな人』と一緒にいると自分が頑張りすぎちゃって、疲れるっていう、わりと現実的な答えが返ってくるんですよ。いい自分にならなきゃいけないとか、彼に合わせてとか。演じちゃう、とかね、もう夜のエッチの時から!彼がもう強制フルぶっかけするっていうから、しょうがないから言うこと聴かなきゃいけない・・・みたいな。要は一番好きな人といっしょにいると、自分が自分でいられなくなったりするから、結局2番 目・・・2番目っていうかわからないけど、緊張しない人と結婚するっていう。そういう人が5人中3人くらい・・・。」

F「未婚の人でもいいですよ。『一番好きな人と付き合ってますか?』」
S「一番の人にフラれてってこともありますよね。」
F「いやいやいや!自分から振ったりもするんだって!好きなのに、自分が自分らしくいられなかったりするから。」
S「自分が自分らしくいるの女の人好きですよねー・・・。」
F「発言に棘がある!(笑)」

福山さんからのメール募集をきっかけに、魂ラジメールサーバには来るわ来るわの『いちばんではないです。』宣言。
さらに、熊本県のめぐみんさんからは、こんなメールも。

「うちのお母さんが、『父のことは一番好きな人じゃなかった。』とふと言ってました。一番好きな人だと自分が尽くすだけになっちゃうから、だそうです。でも私も、自分が一番好きな人、じゃなくて私のことを一番好きな人と結婚したいです。」

S「なんで娘にそういうこというんだろ・・・。」
F「言うんだって!お母さんって娘にこういうこと言うんだよ!!」
S「お父さんの気持ち切ないですよね。」
F「それにしても、“私のことを一番好きな人と結婚したい”って・・・。なんか・・・。3曲できた。今度さ、実家の母ちゃんにも聞いてみようよ(笑)」


川崎市のゆみこさんから届いたのは、
「私も一番好きな人とは結婚しませんでした。」

F「ほらね、簡単にそういうこと書いてくるでしょ?」
S「うわあー・・・。」
F「どうしたの?」
S「今、旦那さんのこと思っちゃった!」

当時意地をはって本当の気持ちを伝えられず、今では後悔しています。やっぱり結婚するのは一番好きな人がいいと私は思います。
今の旦那さんも大切ですが、たぶん彼は私が一生好きな人で、心の奥底で生き続けると思います。」


そして品川区のももさんからも・・・

「結果から言うと、私は一番好きな人とは結婚しませんでした。
一番好きな彼には『お前は、俺じゃなくて俺のあとに付き合った人と結婚した方が、幸せになるんじゃないかな。』といわれたこともあります。
その彼と付き合って結婚目前までいきましたが、結局結婚しませんでした。彼は今でも夢に出てきますよ!」

F「夢に出るらしいよ。夢っちゅーのは潜在意識の現われだからね。それにしても来るメールがすごいよね。全部最終回から始まってるでしょ?しかもすごい短 い文面の中にめちゃくちゃ濃密な内容が詰まってる。男の人はもっとぼんやりしてますからね。『え?俺、好きになった人がタイプ。』みたいな。でもしょうがないんですよ。女性の方が子どもを守るっていうことが本能の中に組み込まれてるんだと思うので、自分っていうのが安心して安定して暮らせる環境を選ぶんです よ。現実的なんです。その『安定する環境』は人それぞれで、お金っていう人もいれば、安心っていう人もいれば・・・私の言うこと聴いてくれる人でもあるん だと思うんですよ。要は女の人の方が本気がふたつあるってことだよね。男の人は本気があってあとは浮気がチラッホラチラッホラあるって感じだけど・・・。 女の人はまさにレールのように2本あるってことなんじゃないの?」



思い出に対して女性は上書き保存で、男性は名前を付けて保存というようなことを聞いたことあるけれど、上の引用を見る限り女性も名前を付けて保存という感じなんじゃないかなと思うけど。(ただしイケメンに限る)…ってのが付くかもしれない。笑

こういうのは女性に限らず男性にもあるんじゃないかな。
理想的な人はいるけど、現実的に考えて一緒に暮らせそうな人を選ぶっていうのが。
男性ならそこで現実的な相手が一番好きな人になるんだろう。男性の方が上書き保存なのか?笑

そして後で「実は一番好きな相手じゃなかった」なんて言わないだろうな。特に子どもに対しては。ケンカの元じゃん。笑
ヨソで嫉妬を買わないためにも旦那をけなすのは構わないけど、子どもとか本人に言っちゃうのはどういうことなんだろうね~。
一番好きって言ってあげればいいじゃん。笑

サリンジャー / ナイン・ストーリーズ

「バナナフィッシュにうってつけの日」ほか、九つの作品からなる短編集。

「バナナフィッシュにうってつけの日」では、『バナナがどっさり入っているバナナ穴に行儀よく泳いでいき、中に入ると豚みたいにバナナを食べ散らかすバナナフィッシュ。あんまりバナナを食べ過ぎて、バナナ穴から出られなくなりバナナ熱にかかって死んでしまう』というバナナフィッシュについてシーモアの口から語られる。

シーモアという人はグラース家の長男である。前に書いたフラニーとゾーイーの兄にあたる。
彼は頭脳明晰でフラニーやゾーイーの尊敬を浴びるような人だったのだけれど、この作品では戦争経験の影響もあるのか少しズレた人のように描かれていて、最後には拳銃で自殺してしまう。

バナナフィッシュという存在はシーモアが作った架空の存在なんだと思うけれど、バナナフィッシュはシーモアに似ているんじゃないかなぁ。
シーモアは頭脳明晰であったが故に自分の世界に入り込み過ぎ、世間一般に適応出来なくなって死んでしまった…というようなことを思った。

その他にも「コネチカットのひょこひょこおじさん」、「対エスキモー戦争前夜」、「小船のほとりで」、「エズミに捧ぐ」、「テディ」が印象に残った。
どれも子どもが出てくる話なんだけど、サリンジャーが描く子どもというのは印象的だ。
無垢な存在であったり、無垢でないにしても、ませた子どもという感じが可愛らしい。
この辺の子どもの描き方というのは宮崎アニメに登場する子どもにも若干似ているような気がする。

特に女子の描き方には特筆すべきものがあるのではないのかな。
半世紀以上も前の作品だけど、この頃から妹フェチなんて分野があったのかもと考えてしまう。笑

この「ナイン・ストーリーズ」を含めてサリンジャーの作品では世間一般とはズレた人をテーマに扱っている気がする。
この辺はジョニー・デップと似ているなーと思って検索してみたら、ジョニーも「ライ麦畑でつかまえて」を愛読書に挙げておりました。やっぱ読書家だねジョニーは。
http://johnnydream.blog118.fc2.com/blog-entry-977.html

ズレた人にも個人的に色々と抱えていることがあり、それは世間一般に適応している人が抱えているものとも共通のものがあるように思う。
そう考えるとズレているように見える人でも、広い目で見れば普通の人のように思えてくる。こんな人もいっぱいいるかもな~と。

ズレているような人も普通の人として愛すべき存在に見えてくるのがサリンジャーの魅力かな。

マイケル報道に学ぶ

セレブは売れてるときは大胆にバッシングされないけど、少し落ち目になってくるともの凄く叩かれるんだろうな。
あることないこと言われてメディア嫌いになり、メディアに優しくしなくなるとメディアから袋叩きにあう。

こんなんだったら薬漬けになったり精神状態が変になってもおかしなことじゃないだろうな。そのことすらネタになる。

マイケルは子どもみたいなところがあったと思うから、ちょっとズレたことをしたらことさら悪く書かれて、セレブたったから小室みたいに人が寄ってきて大変だったろうな。

大体、疑いがあるだけでそれを事実のように報道するのがいけないと思う。そんなんだったら何とでも言えちゃうじゃん。
そしてアメリカは金の為に何でも裁判しちゃう気がする。

裁判をして無罪判決が出ている以上、彼を疑いの目で見ることに意味はないと思う。
そして彼が死んで一斉に「彼は実はいい人だった」という報道にもウンザリだ。

彼は実はいい人で、エンターティナーとしても最高だったと言っておけば好感度が上がって彼の作品はバカ売れ。
マイケルに悪いイメージを持っていて、彼を避けていた人がマイケルの作品に触れて感動する。そりゃそうだ。悪くないんだし。

まず売り出して、ブームが下火になればバッシングして、死んだらいい事ばかり言う…というビジネススタイルが確立しているような気がするなぁ。
そして一般の人も見事にそれに踊らされている。世論はメディアが操っているな。

彼が実はいい人だったか悪い人だったかなんて問題ではない。
人間いいところも悪いところもあるんだから、彼がいい人なのか悪い人なのか分からないじゃない。書き方でどうだってなるよ。
彼はエンターティナーとして素晴らしいんだから、彼の作品を評価すべきだ。

セレブになったら自分はいい人であるようなイメージに見せかけなければならないから大変だろうな。
マイケルは無邪気でありすぎたのかな。

恋のから騒ぎ・その2

http://www.youtube.com/watch?v=xcxb2dIKJQA

藤岡弘が喋るたびにヒヤヒヤする…というコメントがあるけど、確かにそう。笑

藤岡弘が「しかし、みんな自分ってものを持ってないのかね…もっと素直にならなきゃ」と、女性を分かってないのかというような発言をする。

まぁ女性に素直になれば~なんて説教染みたことを人前で言うのは意味のないことだから、スタジオが凍りつくんだけど…笑

でも藤岡弘の言うことは的を得ていると個人的に思うな。自分を持っている女性っていうのは魅力的だね。
藤岡さんは分かっていらっしゃる。笑

自分を持つこととか素直であることを避けて通っている女性も多いんじゃないかな。
それでも確信犯的に「私は素直ですよ」と言っちゃう。
だけど、はたから見れば”一人の女性”ではなく、”女性の一人”にしか個人的に見えないなぁ。


しかし、さんまは何故ああもズバズバと女性に意見が言えるのだろうか。笑
彼は女性に対して、いわゆる全肯定タイプのウケる会話を用いてないと思う。
さんまの真似して女性と話しても嫌われるのがオチだ。笑

一般的に女性にウケる会話を学びたければ、さんまの真似はしない方が良い。
だからさんまは面白くないっていう人が増えてたりすんのかな。笑

さんまみたいに女性をおちょくった会話を女性と楽しんで出来る人は天才かもね。笑

恋のから騒ぎ

http://www.youtube.com/watch?v=sywYM3lUP24&feature=related

さんまは女性の操り方が上手い。
女性の特性を理解した上で、あえて女性の期待をスカして面白い話や本音を上手く引き出している。
モテるんだろうな~。笑

所ジョージのコメントが鋭すぎてなんか恐いな。

高田純次 / 適当論

古田敦也が、50歳過ぎたら高田純次になりたいと言ったらしい。
何が古田にそう言わしめたのか…精神科医の和田秀樹との対談で、高田純次の魅力を垣間見ることが出来る一冊。

彼は適当男と言われているけど、それはイメージだけで中身はしっかりした人だと思うな。
実際、彼は仕事も家族もうまくやっているようだし。高田純次より適当な人はたくさんいると思う。
適当っていうのも計算された適当という感じを受ける。
和田秀樹の言うような、完全主義や白黒の世界から間を置いた適当なグレーの存在とでも言うのだろうか。

高田純次の発言で印象に残っているのは「人生はバランスだ」ということ。
悪いことがあっても、人生はバランスだと考えることで次に良いことがあると考えることができる。良いことと悪いことで±0の発想を持つというもの。

若い頃は悪いことがあると悪い方に考えすぎたりすることもあったけど、最近はそんなことが無くなってきた。
これまでの人生経験で、悪いことが後々の役に立っているという実感があるからかな。
逆に良いことが続くと後で悪いことがあるんじゃないかなと心配になってくる。

運が良かったと感じる出来事があっても、そこで運を使ってしまって後で悪いことがあることもある。
逆に運が悪いと感じる出来事があった後は、何かツイてることがあるんじゃないかな。
おみくじでは凶を引くべきか。笑

高田純次は高校・大学受験で志望校に落ちて挫折を何度も経験したり、会社勤めをしたり貧乏生活の下積み時代など、不遇の時代もあったけれど、それが今に繋がっているという実感があるんだろうな。

それと意外だったのが「毎日生きていくのがやっと」という発言。
彼はけっこうお金もあると思うし、仕事も楽しんで人生を余裕で生きているんだろうな~というイメージがあった。
肩の力を抜いて生きているようで、毎日生きているのがやっとだという発言は深いな~。

この本を読んで、自分も高田純次のようになりたいと思った。
だけど一朝一夕になれるようなもんでもなさそうだ。
高田純次は一日にして成らず。笑

それだけに挑戦してみるだけの価値はあるだろうな。笑

「最高の人生の見つけ方」その2

家族を犠牲にしてお金を手にしたジャック・ニコルソン演じるエドワードと、家族の為に自分が犠牲になったモーガン・フリーマン演じるカーター。

二人ともガンで死んでしまうけれども、カーターの方が先に死んでしまう。
家族の為に犠牲にしてきたことをやってしまった安心感から安らかに眠ってしまったのかもしれない。
逆にエドワードは人生において大切なものに気付き、余生を送る。

実際はカーターのように金持ちの病人と相部屋になってやりたかったことを叶えて死ぬことなんてできないだろうし、エドワードのように大切なことに気付いたとしても取り返しが付かなかったり、もっと早く二人とも病気で亡くなっていたりするだろう。

この映画を観ると自分がどんな人生を選択していくべきか考えるきっかけになって良いと思う。
家族がいらないならお金を稼ぐことに集中すればいいし、家族を持って幸せにしたいなら家族に時間を割いて、稼げるはずのお金を犠牲にする必要がある。まぁこの映画の二人の人生は極端だとは思うけど。
自分はやっぱりバランス感覚が大事なんだろうと思う。バランス取るのが一番難しい気がするけど。笑

男性なら家族を幸せに出来るだけのお金を稼いで家族に尽くし、自分のやりたいことは我慢する。家庭生活や子育てを負担に思わず、喜びに感じられればGood.
子どもがひとり立ちして余裕が出来たら徐々に自分の為にお金を使って余生を楽しむ。
今の自分にとっての最高の人生の予想図はこんなもんかな。我慢できるかな?笑

「ピンクパンサー2」

私は後悔した。この映画を映画館で楽しまなかったことを…。2回もチャンスがあったのに。笑

外国のコメディはあまり笑えないことも多いが、この映画は違う。
日本人でもなじみのあるような古典的なベタなギャグが多いのだ。それを何回もかぶせて増幅させていくのがいい。
数打ちゃ当たるというのはこういうことかな。笑
ツボにハマればめちゃくちゃ面白い作品です。

1で淡い恋心を抱いた秘書のニコルと主役のクルーゾー警部の結末やいかに!?笑

クルーゾー警部はバカそうに見えて、まぁバカなんだけど頭良くてカッコいいんだな~これが。笑
クルーゾー警部のようにむちゃくちゃやるのは不可能だけど、彼のように肩の力を抜いて適当に生きてみるのもいいかも。

3が出たら映画館に観に行くぞ!3あるのか!?笑
プロフィール

Johnny

Author:Johnny
I guess you could say that freaks are my heroes.
「はみ出し者が、僕のヒーローなのかもしれない」

by Johnny Depp

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